『抜け雀』と『ねずみ』(その1)

全く別のお話ですが、名人の作品に命が宿って動き出すという共通点があるので合わせて取り上げます。
『抜け雀』は、無銭逗留の客が宿代代わりに障子に描いた雀が、絵から抜け出したり戻ったりし、お人好しで損ばかりしていた主人のその宿に泊り客が殺到し、ついにはお忍びで訪れた殿様から1000両の高値がつくという噺。
その後噂を聞いてやってきたある客が鳥籠を描き足し、今度は絵から飛び出した雀が新しく描かれた鳥籠の中で休むようになって、殿様の買値が倍の2000両に跳ね上がり宿も益々繁盛。鳥籠を書き足した人物は、なんと雀を描いた絵師の父親。
『ねずみ』は、宿の客引きの少年を気に入った稀代の彫刻師・左甚五郎が泊ったところが老舗旅館・虎屋から奥に入った「ねずみ屋」というみすぼらしい旅館で、そこの病弱の主人が、女将と従業員の計略で追い出された、元は虎屋の主人。
甚五郎が彫った小さなねずみが動き回ると評判になり、『抜け雀』同様、ねずみ屋は大繁盛。劣勢の虎屋がねずみを睨む猛々しい虎の彫刻を作って以来、ねずみが動かなくなったが、そのわけは、ねずみが虎を猫と勘違いしていたとわかる噺。
この二つの演目の主な共通点は、
(1)宿の主人の人の好さ(片や宿代を踏み倒されては奥さんに罵倒され、片や信頼し切っていた女将に裏切られ)、
(2)芸術家の名人芸と職人気質(作品に命を与えたのが、主人に墨を刷らせ一気呵成に筆を走らせる2人の親子絵師と、どんな大金を積まれても気に入らない仕事はしないが意気に感ずれば徹夜を厭わず木切れから渾身の作品を生み出す彫刻師)、
(3)作品の評判だけで生じた、(それまでは寂れていた)宿の爆発的人気、
の3つです。