絵画の見方について(その1)

絵画展に行くと、勢い話題の作品に人が集まります。
ルーブル美術館ダ・ヴィンチモナリザ』を展示してある展示室には、真向かいに大作『カナの婚宴』(ヴェロネーゼ作)があるにもかかわらず、『モナリザ』周辺だけ人が集まり、そのまま次の部屋へ移動する人も少なくないそうです。
また、最近はいくつかの作品の詳しい解説を聴きながら館内を回ることができるよう、ヘッドフォン付きの機械を500円くらいで貸し出すサービスも増えてきたみたいです。
絵の見方に決まりがあるはずもありませんが、美味しい料理はまず味わってみるのが正解だとしたら、絵も似たようなものではないでしょうか。
名画の誉れ高い作品やそれぞれの絵に纏わるエピソードなど、常識や蘊蓄はあるに越したことはありません。
でも、やはり目の前の(多くはそうそういつも観ることができない)作品にまっすぐ向き合うことが基本だと思います。
東大のある博物館は、あえて解説を置かず、観覧者にイメージを膨らませてもらうことを促しているそうな。


今日取り上げた本は、名画を中心とした図版が130もあり、印象派誕生の歴史を豊富な文献をもとに辿った読み応えのある本ですが、ところどころで「この作品は〜です」と自信を籠めて断言しているように読めます。
玄人の世界はこうあらねばならないのかもしれませんが、マーからすれば「たとえ通説に照らすと間違った見方でも、おもしろくて何らかの『印象』が残り、その絵がそれぞれの人の中で息づくならでえーやん」という気がするのです。
たとえば友人でもそんなことはないでしょうか。彼や彼女がどんな人か以上に、自分にとってどんな存在なのかの方が意味があるんじゃないかなぁ。
この本で書かれていることを正しく評価する専門的な知識・能力は持ち合わせていませんが、2点ほど「俺のとは違うな〜」(またもTVドラマ『臨場』風)と思ったところを記してみたいと思います。