崇徳院(その2)

熊さんが、「瀬をはやみ〜」の書きつけ以外手がかりのない先方のお嬢さんを見つける手立てがないと言いかけた際の、親旦那の命令が強烈です。
■「分からん」といぅたかて日本人やろ?
▲そら、日本人でんがな
■日本人なら、これから行って大阪中探しなはれ。大阪探して分からなんだら京都行って、京都探して分からなんだら名古屋、浜松、静岡、横浜、東京。今は日本国中、縦横(たっちょこ)十文字に道が付いたぁんねん。


首尾よく先方のお嬢さんを見つけたら借金棒引きにするばかりか十分な御礼もすると言われて、熊さんを叱咤激励するしっかり者の奥さんの言いぶりもそっくり!
●分からんと言ぅたかて、日本人やろ?
▲おんなじよぉに言ぃやがんねん……、決まってるわい
●日本人なら大阪中探しなはれ。大阪探して分からなんだら神戸行て、神戸で分からなんだら姫路行て、岡山、広島、下関から九州ズ〜ッと回っといなはれ!


親バカの旦那は熊さんにわずかの時間も与えず、お嬢さん探しを命じます。
■家へ帰って支度? そんなことしてる場合やない、せがれ、あんなりほっといたら五日があかん。腹が減ってるか? あぁ、そらどんならん。これこれ、熊五郎がお腹が空いてるで、ちょっとご飯の支度をしてやっとぉくれ。お膳も何も要らん、お櫃なりこっち持っといで、お櫃なり。
■おかずも何も要るかいな、タクアンを一本洗いなはれ、切らいでもえぇ。お清、ちょっとそのタスキをはずせタスキを……、タスキでな、このお櫃をこぉいぅ具合にくくってな、熊はんこれを首から掛けなはれ。えぇか、必ず茶店なんか入って飯食ぅことならんぞ、道歩いてて腹が減ったら、それ手づかみで食ぅてタクワンかじって探して来んねん、えぇか。
■ワラジの紐が切れかけてるやないか、そらどんならん。これこれ、ワラジ二足こっちかし……。これをこぉ結び付けたげるさかい、切れたらじきに履き替えて行くねんで。もっと尻からげを高こぉして、さッ、行っといなはれ!


ワラジについては、奥さんの方が徹底的。
●今は日本国中、縦横(たっちょこ)十文字に道が付いたぁんねん。ワラジが二足? そんなもん足るかいな。ここに十足有る、これくくりつけたげる、早いこと行っといなはれ!
▲おんなじよぉにすな、お前までが……


お櫃と沢庵、さらにはワラジ十足余りを巻きつけた奇妙な格好で熊さんは人探しに明け暮れますが、ただ歩き回るばかりで手がかりすらつかめず一旦戻って来てしまいます。親旦那はさらに借家5軒(大家になれる)+三百円の報奨金を提示。
好条件を聞いた奥さんは、このままでは埒の明かない旦那に、繁盛している床屋や風呂屋などの人だかりで崇徳院の歌を朗じよと、大胆な助言。
まじめな熊さんはその忠告を忠実に守ります。
《さぁ、その日は床屋を十八軒に、風呂屋を二十六軒と回りまして、日が暮れになるともぉ目ぇも何もゴボ〜ッと落ち窪ましてもぉて……》
▲ご、め、ん
■また来たであの人、いや朝から四へん目やであの人……、何だんねん?
▲髭……
■髭て、あんたもぉ剃るとこも何もおまへんで
▲五分刈りにしてもろて、頭まで剃ってもろて、このへんヒリヒリ・ヒリヒリしてまんねん……
■何んしにおいなはったんや?
▲一服さしてもぉたら結構で
■あぁさよか、ほなまぁ一服して帰っとくなはれ。


▲えらい済んまへん……「せを〜〜はやみ」
■また始まった、朝から来てはあんなこと言ぅてまんねん。ちょっといかれてんのと違いまっかなぁ
▲はぁ、無理もないわい。


《ぼやいてるとこへ飛び込んで来ましたのが四十五、六の頭領風な男で……》
◆大将、ちょっと頼みたいんやがなぁ
▲親方……
◆あぁ混んでるやないかい。ちょっと急き前(せきまい)でなぁ、主家(おもや)の用事で走らんならんねや、虎はんえぇとこで会ぉた、ちょっとこれから大急ぎで走らんならん、ちょっと髭だけや、先代わってもらえまへんか?
◆万さん済んまへんなぁ、髭だけだんねん、ちょっと主家の用事で走らんならんねん、ちょっと入れたっとくなはれな、済んまへん済んまへん。もし、こっちのお方、見ず知らずのお方に申し訳ございまへんねやけどなぁ、髭だけだんねん、ちょっと先……
▲どぉぞ、何ぼでも先やっとくなはれ。もぉ剃るとこも何にもおまへんねん。ボチボチ植えてもらおかしらんと思て。
◆「植えてもらう」えらいオモロイ人やなぁ、ほな頼むで


■えらいまた、急ぐねやなぁ
◆さぁ、主家の用事で大急ぎやねん
■あぁ、主家といぅたら、向こぉの嬢はん、どんなあんばいや?
◆かわいそぉに、今日あすやと
■二十町界隈にないといぅ小町娘や、もぉ親旦那心配してはるやろなぁ
◆お父っつぁんもお母はんもなぁ、目ぇもなんにも真っ赤に泣きはらかしてしもて、ぼやいてばっかりや。何の因果でっちゅうて……
◆何でも二十二、三日前に下寺町でお茶の会があって、その帰り道、気の進まん人、お付きのもんが「いっぺんお参りしまひょ」ちゅうて高津さんへ連れて行ったら、それが因果やわい。絵馬堂の茶店で一服したところが、先からそこに座ってた人がな、どこの若旦那や知らんけども役者にもないよぉな綺麗な人やったんやそぉな。
◆うちの嬢さんかて年頃やわい、やっぱり「綺麗な人やなぁ」っちゅうて見てたちゅうねん。それ知らんもんやさかい、お付きのもんが「いにまひょ」と急きたてて行ったところが、やっぱり心が残ったぁったんやなぁ、緋塩瀬の茶帛紗が忘れたぁったんや。
◆また、その若旦那が親切な人でな「これ、あんたのと違いますか?」と、手ぇから手ぇへ渡されたときにはゾクゾクッと震えが来たそぉやわ、そらそやろなぁ。あんまり名残が惜しぃちゅうんで、また茶店へ戻って来て「料紙を出せ」サラサラッと歌を書いて渡して帰ったんや。
◆その歌の文句がな……、あの、百人一首にあるやろ崇徳院さんの「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」あれを書いて渡したなり、どっと床について頭が上がらん。


▲チョワ〜ッ!
◆な、何ちゅう声出すねん。な、何をしなはんねん、人の胸ぐらつかまえて?
▲チョ、チョワ〜ッ、おのれに会おとて艱難辛苦は幾ばくぞや、ここで会ぉたが優曇華(うどんげ)の、親の仇、尋常に勝負、勝負
◆何を言ぅねん、こら離せ、離しんかいな
▲離してたまるかい。その歌書いてもろていんだんは、わしとこの本家の若旦那や!


◆ギャイッ! こらえぇとこで会ぉたぞ、おのれに会おとて艱難辛苦
▲おんなじよぉに言ぅな。俺とこ来い
◆わしとこへ来い
▲おのれ連れていんだら、借家五軒に三百円……
◆そら何のこっちゃい?


《もみ合う弾みに花瓶がパ〜ンと飛びまして、前の鏡がパラパッチャンパッチャンパッチャン……》
■待った、待ったぁ、おい何をすんねんお前ら。今、話聞ぃてりゃ互いに尋ねる相手が知れてめでたいねやないかい、それを喧嘩せえでもえぇがな。うちの鏡、割ってしまいやがって、これどないしてくれんねん?
▲心配すな、崇徳院さんの下の句じゃ
■下の句とは?


▲割れても末に、買わんとぞ思う。
《以上、主にHP『特選上方落語覚書』米朝落語全集(MBS)(1992.1.17)より引用》

この噺は聴いているうちに、お人好しの熊さんに感情移入してしまい、「(神様、)何とか見つけさせたってや〜」といつしか応援団になっているというところが理屈を超えて好きです。


若旦那とお嬢さんがどうなったかって?まぁーどーでもええやん!