鹿政談(その2)

江戸時代、奈良の鹿はご神鹿(しんろく)とされ、誤って殺しても死刑だったとか。
割り木が当たって息絶えた犬と思い込んでいた動物はこともあろうに鹿!
正直者の豆腐屋は、即刻お白州へ。

当時奈良の町奉行は情のある裁断が評判で、その後江戸北町奉行に栄転した人物。
豆腐屋は不利を承知で三代にわたる奈良住まいを隠すことなく、神鹿を殺した罪は重々わかっており覚悟しているが、せめて親と妻子だけには憐憫をと懇願します。


奉行は意外にも、「これは鹿に毛並みのよく似た犬」と見立てます。
しかも、自分の判断を確かめるために臨席の部下や町人たちに次々と「この遺骸は犬か鹿か」と問い質していきます。
答は一様に「犬」。
いつぞやの「オー人事オー人事」のCMで、「上司が誤って会議中にコーヒをこぼすと、部下たちはそれを取り繕うかのように次々とコーヒを意味なくこぼす」のがありましたが、よく似たパターン。
当然、奉行所へ訴え出た鹿の守役だけは「おそれながら私の目に狂いはございません」と申し立てます。


ここで、奉行は矛先を守役に向け、「100頭ほどの鹿に3000石の餌料が施されているのに、きらずを漁る鹿がいるのだとしたら、まずその原因(鹿の餌料横領)から吟味するがどうか」と攻撃。
やましいところのある守役は犬としぶしぶ承諾し、晴れて豆腐屋は無罪放免。


一見、何でもない裁きのように映りますが、まず、周囲の者に同意させて外堀を埋めた上で、本丸を攻める巧みな駆け引きは流石。
形式的に守役の訴えから始めたら、犬が鹿の陰に隠れて結論が異なる方向へ傾きかねません。
もっとも、こんな情け深いエライ人は、他には時代劇の世界でお目にかかるくらいかもしれませんが…。


蛇足ながら、奈良公園の鹿は公表数字(平成22年7月16日現在)で、1096頭だそうです。
一頭一頭に印でもつけて数えたのでしょうか。どう調べたんでしょうね。