軒づけ(その2)

《音程が怪しい素人集団だけに、軒づけには三味線が不可欠。ところがいつものメンバーが用事で、急遽代役に指名されたのが、紙屑屋のテンさん》
「え? 紙屑屋のテンさんいぅたら『クズ溜ぁ〜って〜ん』言ぅて、チギ持ってカゴ持って来るあの? あらまぁ〜、あの人が? 太の弦(つる)やりまんのん?嬉しぃなぁ、うちの親父がよぉ言ぅてました『あの人が、あれをといぅよぉな、そぉいぅ人に出会ぉた時には、何とも言えん嬉しさがある』ちゅうてね、それぞれに趣味があるんでっさかい。」
《テンさん登場》「いや、どぉも遅なりまして。ちょっとお師匠さんとこ行てましたもんで遅なりましてございます」
(「お師匠さんとこへ? 何しに?」)
「ちょっと、三味線の調子合わしてもらいに行てましたんでございますけど。」
(「いや『三味線の調子を合わしてもらいに』て、あんさん、ご自分では合いまへんのんか?」)
「まだ、そこまでは、いてしませんのです」
(でも)「お陰さんで、3つ上げてもろてますので、まぁ何とかお役には立つやろと思います」
《「3つも上がるっちゅうことは3時間から弾けるっちゅうことでっさかいね、」と皆は一安心。ところが…》
「え〜『テンツ・テンテン』っちゅうのがひとつ、(あと)『トテチン・トテチン』ちゅうのとね『チリ・トテチン』とこの3つ、しっかりと上げてもろてますのでまぁ何とかお役に立つやろと思います。」
この3種類の伴奏も噺の中のキーワードといえます。


《話は以下のような調子で展開します》
【其の壱】
▲「♪素人が慰みに、浄瑠璃をやらしてもらいます」◆お断りします▲「♪決して、お金は頂きません」◆うち、病人が居てまんねや。
▲「♪どなたが、お悪ぅございます?」◆母じゃ人がな「頭が痛い」言ぅて寝てまんねがな、ちょっと早よ向こぉ行っとくなはれな
▲あぁそぉですか、それわそれわ「♪ずいぶん〜、大事に〜、ご看病」■(テ〜ンツ・テンテ〜ン)★弾きなはんな●ウナギの茶漬けはまだですかい?★向こぉから断られてるのに、ウナギの茶漬けが出ますかいな


【其の弐】
▲「エェ〜、ブホッ、ゲホッ」なかなかね、声といぅもんははじめは出んもんやいぅことは分かりますけどな「ブォッホン、ゲホッ、アァ〜〜ッ」
◆誰ぞちょっと表出てみ、どなたや反吐ついてはるがな★反吐と間違われてまんがな■(テ〜ンツ・テンテ〜ン)★弾きなはんなちゅうのに●ウナギの茶漬けは?★出まへんでまへん、反吐と間違われてまんねがな、恥ずかしぃがな、こっちへ早いことおいなはれ。


【其の参】
▲ほんなら「菅原伝授手習鑑」松王の出のとこね。「♪かかるところへ〜、春藤玄蕃(しゅんどぉげんば)ぁ〜」ほらみてみなはれ、シ〜ンとしてまっしゃろ、これがよろしぃねん…わたしのこれがお手本でっせ…「♪かかるところへ春藤玄蕃ぁ〜、首見る役は松王丸ッ」▲シ〜ン、聴き入ってまんねんで、ここでっせここでっせ《ここで玄関の貼り紙に気がつきます》
「♪病苦を助くる駕籠乗り物、門口にぃ、か・し・や……、かしや、ご用の方は東へ三軒、近藤まで」はぁ……、東へ三軒近藤まで、あぁそぉですか、ここ間取りだけなと見してもらいましょかな?★何を言ぅてまんねん■(テンツ・テンテ〜ン)★弾きなはんなちゅうのに●ウナギの茶漬けは?★出ぇへんっちゅうねん、空家から茶漬けが出るかいな、あきまへんあきまへん、次行きまひょ次。


この後、どの軒先もダメなばかりか、メンバーの家で語ろうにも奥さんが里帰りする(「こんな浄瑠璃、よう警察が取り締まらんこっちゃ」(米朝)という表現もあります。)始末で結局、耳の遠い糊屋のお婆さんの奥の6畳間を借りることになるのですが、噺のおもしろさは、出鱈目な義太夫の合間に入る■(テンツ・テンテ〜ン)★弾きなはんなちゅうのに●ウナギの茶漬けは?の連続かと思います。


昔(歳がばれますが)、砂川捨丸・中村春代(第1回ミス神戸だったとか)の漫才で合間に入る鼓が得も言われぬ可笑しみを醸し出していましたが、この鼓の役割をテンさんの「テンツ・テンテ〜ン」と「ウナギの茶漬けは?」が果たしているような感じがします。
「間」(ジャイアント馬場のすごいところは『間』(プロレスに必要?)だと指摘した友人もいました)の妙味がこの噺の魅力ではないでしょうか。