文違い(その2)

次に、お金を無心していた方がやりとりの中でいつしか優位に立ち、貸し手がついには「頼むからこのお金を持って行ってください」とお願いする立場に陥ってしまうところ(前回取り上げた『かけとり』にも喧嘩好きの酒屋が、払いがないのに泣く泣く領収証を書かされるくだりがありましたね。ただ、これは落語の特徴というよりはむしろ、日常茶飯事の交渉事にありがちな展開というべきかもしれません)。
まず角蔵:(「おっかさんと馬とどちらが大事かわからないような薄情な人とは一緒になっても幸せになれないから夫婦約束は反故にする」と怒られ慌てて15円を渡そうとするも「いらない」と切り返されて)「…おれが悪かった…謝るだからおめえ、ひとつ、う、機嫌を直して、え、そうだに怒らねえでさあ、…だからさ、なあ、持ってけや」(『志ん朝の落語1』(ちくま文庫)より抜粋。以下、同じ。)
続いて半七:(差額の5円を出し渋ったのを叱責され「…わかったよ。出しゃいいんだろ。…おい、さっ、これ、持ってきねェ」と5円を懐中から出したところ「いらないよッ」と言われて)「…おれが悪かった。勘弁してくれ…(手をついて)こうやって謝ってんだから、ねえ?ん、持ってきなよ」、「…ちょっと待ちねえ…どうせのことだ、な?うん。…ここにな、余分に二円あるから、これ親父に渡してよ、帰りになんかうめえ物でも食えって、そう言ってやんな」と大幅譲歩。


もう一つは、やりとりの当事者が変わっても、コピーしたようにそっくりの応答が現れるところ。
一回きりでは笑えない台詞も繰り返されると思わず笑ってしまう、同じ内容の再現故、次に出てくる文句まで予想できるのにかえって可笑しいという伝統的なお笑い手法が仕組まれています。
この噺では、角蔵、半七vsお杉とのやり取りが、今度はお杉vsお杉にとっての本命芳次郎との間で再現されます。
お杉:(失明の危険もある眼病の治療代として20円渡し今夜は泊って行ってと懇願したところ、「治療には一刻を争うのに、女房だったら早く医者に行けっていうのが人情のはず。そんなことがわからない女の金は受け取れない」と逆ギレされて)「…機嫌を直しておくれよ。ねえ?あたしが悪かった…お願いだからこれ持ってって、ね。頼むよォ…」
さらには、芳次郎が置き忘れた、小筆という女からの無心の手紙(お杉が読む)と、お杉の部屋の小物入れから無造作にはみ出していた芳次郎からお杉に宛てた無心の手紙(半七が読む)の文面が、それぞれお杉と半七を騙して金をこしらえさせることまで記された同じ構成になっていて、手紙を読んで逆上した2人のわけのわからぬ喧嘩へと展開します。
たとえば『看板の一』の可笑しさも、二匹目のドジョウをねらって失敗する間抜けな若者が、百戦錬磨のご隠居の文句をそっくり真似るところにありましたが、反復表現はやはり笑いの基本みたいです。