はてなの茶碗&井戸の茶碗(その2)

「井戸」のあらすじは、浪人侍(千代田卜斎)が通りがかりの屑屋に無理強いして売りつけ細川公の家臣(高木作左衛門)が買い取った仏像から五十両の小判が見つかったところ、どちらの武士も「仏像を取引したが中の小判は与り知らぬ」と言い張り、間に人も入ってようやくのことで二十両ずつ受け取る。
その際、抵当代りに千代田が手放したいつも使っている古茶碗が稀代の名器と判明して今度は大名が三百両で買い上げ、二人の侍の間で気心が通じ合ったことから、結局、千代田は一人娘を高木に嫁がせる支度金として半分の百五十両を快く受け取るというもの。
武士同士の極端にも映る清廉潔白さと、双方の仲を取持つ役を任される屑屋さんの人の良さとあまりの正直さ(「曲ったものは牛の角でも嫌い」(志ん朝版))が、かえって笑いを誘います。
TV『開運なんでも鑑定団』などで、箱書き(古い希少品の玩具が箱ごと保存されている場合も)で陶磁器の値が跳ね上がったり、ふだんからそれとなく飾っている調度品が名品だったりと紹介されると、自分の身近に「お宝」がありそうに思う方もいらっしゃるかもしれません。
でも、出演者の中島誠之助さんの書き物には素人が幻想を抱くと損ばかりするだけ(素人の方はむやみに一獲千金を狙ったりせず、趣味として大いに楽しめばいいでしょう)と諌めるくだりがあったような。
『猫の皿』という噺にも絵高麗の梅鉢という大変な名器が出てきますが、これを猫が食事をするとき使わせて、この皿に目をつけ猫ごと譲り受けようとする輩から代金だけせしめようとする茶店の親父の魂胆を描いたもの。
「間違えて猫が梅鉢を割ったら一大事」と心配してしまうのは庶民のマーだけでしょうか。
『火焔太鼓』も「井戸」と性格は似た噺ですが、これにはまた独特の面白さを感じるので、改めていつか触れてみます。