働くことと動くことについて(その2)

「(スタッフの動きが)役に立っているかどうか」の判断は、たとえば、受けたいサービスがはっきりしているお客さんの立場からみればわかりやすいはずですが、会社など組織の中で社員一人一人についてみる場合、必ずしも簡単でなく、これが処遇と連動するとなると穏やかではありません。


数年前、東京大学高橋伸夫教授(『できる社員はやり過ごす』(日経ビジネス人文庫)という著書は、「会社の中で特定の社員(係長あたり)に業務が集中し、彼らが(上司の指示というよりはむしろ)自分なりに優先順位を定めて仕事を処理し、表面的にはうまく会社が回っている姿を上手に描いていると思います。)の講演を聞いたとき、次のようなお話があったのを思い出します。
「行き過ぎた成果主義の下では、次のような問題が生じがち。
・ 毎年査定なので、将来ビジョンよりも目の前の業績が優先され、1年以内の短期間で成果が現れそうな仕事ばかりする。
・ 目標達成が至上命題なので苦労しなくてもできそうな低めの目標を掲げる。5年連続目標達成のある大企業で、生の売上高でみて5年前より落ち込んでいた例もあった。
・ 評価対象とされた項目だけ、目標値に関係のある部分だけしか仕事をしなくなる。
・ どの部署の仕事か不明確な問題に対して、評価項目との関わりで誰も自分の担当と言い出さないため、処理が後手に回る(「三遊間ゴロをお見合いしてクリーンヒットにしてしまう」)。」


学校の成績でも職場の人事考課でも、いわゆる成果主義的評価が普及しているみたいですが、これらの指摘が当てはまることは結構ありそうです。