そっと見守ってあげたい(その2)

「選手が期待の重さに押しつぶされる」現象については、多くの心理学者による研究があり、もっともらしい説明がなされてきました。キーワードは、目覚めの水準(ここでは「からだに感じるプレッシャーの大きさ」くらいの意味)、遂行(パフォーマンス)、課題の難易度の3つです。
多くの場合、本番を控えて不安(competitive anxiety、競技不安ともいいます。)が高まります。不安には「うまくいくかどうか」を気持ちの上での不安(cognitive anxiety、認知的不安)と「からだが反応する」不安(somatic anxiety、身体的不安)とがあり、前者は比較的早い段階から、後者は競技の直前にグッと高まって、人によっては「あがった」状態になります。これらが「メダルを」の大合唱で時に増幅されることは想像に難くありません。
気持ち面での不安が高いほどパフォーマンスが悪くなる(実力が発揮しにくい)傾向があります。また、身体面のプレッシャーと競技の出来との関係は、プレッシャーが高すぎても低すぎてもよくなく、適度のプレッシャーが成績を高めやすいと言われています(Yerkes-Dodson lawヤーキーズ=ドッドソンの法則)。また、易しめの課題では高い目覚めのとき、オリンピック競技のような難しい課題では、中程度の目覚めのとき、即ちややプレッシャーはあるがほぼ落ち着いた状態のときに最も成績がよいことがわかっています。
さらに、最近の研究では、「あがり」の度合が激しいと、パフォーマンスが大きく落ち込み、少々落ち着いてからもあまり回復しないヒステレシス(電気用語のhysteresis現象に例えたみたいです。)が生じやすいとされており、実力抜群でも緊張しやすく身体症状が出るようなデリケートな選手に過度の期待や注目を向けることは気の毒に思えてなりません。
きっと、テレビの視聴率や新聞の売上げ競争が狂騒に拍車をかけるのでしょう。でも、選手にもいろいろなタイプがあるのだから、スポットライトを浴びせる対象は「メダルを期待され注目されるほど元気が出る」選手にとどめ、特に、真面目で「メダルを取らないと帰国してみんなに合わせる顔がない」など思いつめてしまうタイプの選手は「そっと見守って」応援してあげたい気がいつもするのですが、いかがでしょう。